栄養分体の形成

Kalanchoe daigremontiana

植物細胞は分化全能性を持つ。すなわち、1 つの植物細胞はあらゆる細胞に再分化することができる。このような現象が見られる植物としては、ベンケイ草科(Crassulaceae)が有名である。ベンケイ草は、葉の周囲に、栄養分体(plantlet)と呼ばれる小さな植物個体を形成する。これらの栄養分体が地上に落ちると、そのまま成長を続け、1 つの個体となる。

植物が栄養分体を形成するタイミング

植物は、ストレスを受けた時に栄養分体を形成する種と自発的に栄養分体を形成する種とがある。Kalanchoë 属の植物では、両方のタイプが確認されている(Garcês et al., 2007)。栄養分体が形成するタイミングを分けるのは、LEC1 (leafy cotyledon 1) が重要な役割を果たしているのではないかと考えられている。

LEC1 遺伝子は、A, B, C の 3 つのドメイン後を持つ。Kalanchoë 属の植物で自発的に栄養分体を形成する種がつ LEC1 遺伝子は A と B ドメインのみを持ち、このうえ B ドメインには 1 塩基が欠損している。B ドメインに 1 塩基が欠損した LEC1 遺伝子は、フレームシフトが起きしているために、正しく機能しない。したがって、おそらく、この機能を失った LEC1 遺伝子が栄養分体の自発的な形成に関わっているのではないかと考えられる。一方で、正常な LEC1 を持つ種も、ストレスを受けた後に栄養分体を形成する。これは、ストレスを受けた後に、何らかの仕組みで LEC1 遺伝子のが働きが抑制され、栄養分体の形成に至ったと考えられる。

種名栄養分体の形成タイミング種子の形成LEC1 遺伝子の特徴
K. marmorata形成しない形成するABC ドメインを持つ
K. rhombopilosa形成しない形成するABC ドメインを持つ
K. tomentosa形成しない形成するABC ドメインを持つ
K. daigremontiana自発的形成しないAB ドメイン(B ドメインに 1 塩基欠損)
K. tubiflora自発的形成しないAB ドメイン(B ドメインに 2 塩基欠損)
K. beauverdii形成する形成しないABC ドメインを持つ
K. gastonis-onnieri自発的、またはストレス後形成するABC ドメインを持つ
K. streptantha形成する形成するABC ドメインを持つ
K. pinnataストレス後形成するABC ドメインを持つ
K. proliferaストレス後形成するABC ドメインを持つ
K. unifloraストレス後形成するABC ドメインを持つ
K. thyrsiflora形成しない形成するABC ドメインを持つ
Aeonium spp.形成しない形成するABC ドメインを持つ

栄養分体形成の分子機構

ベンケイ草などのように葉で形成される栄養分体は、器官形成と胚形成の両方の特徴を持つ。そのため、茎頂分裂組織(SAM; shoot apical meristem)で働く STM (shoot meristemless) 遺伝子と胚発生に関与する LEC1 (leafy cotyledon 1) 遺伝子が、栄養分体の形成に重要であると考えられる。

STM (shoot meristemless) 遺伝子

STM 遺伝子は KNOX1(knotted1-like homeobox)遺伝子の 1 つである。STM は、トウモロコシ、Arabidopsis などの simple-leaved plants において、茎頂分裂組織および腋芽で強く発現している。STM 遺伝子の欠損は、茎頂分裂組織の機能損失をもたらす。これに対して、STM を過剰発現させると、葉の上にシュートが形成される(Chuck et al., 1996)。

ベンケイ草においては、栄養分体が形成されている葉の周囲でも STM 遺伝子が発現していることが確認されている。また、栄養分体の形成が進むと、STM 遺伝子の発現量が増加する。さらには、栄養分体でも STM 遺伝子が発現するようになる。RNAi を用いた STM mRNA 破壊実験においては、STM がサイレンシングされた個体において、栄養分体が形成されなかった。すなわち、STM 遺伝子が器官形成と胚形成の両方のプロセスに深く関わっていることが推測される(Garcês et al., 2007)。

LEC1 (leafy cotyledon 1) 遺伝子

LEC1 遺伝子は、アブシジン酸やジベレリンと相互作用し、胚発生に関与している遺伝子である(Braybrook et al., 2008)。K. daigremontiana は、B ドメインに欠損塩基を持つ LEC1 遺伝子を持ち、栄養分体を自発的に形成する種である。K. daigremontiana に、正常な LEC1 遺伝子を導入すると、栄養分体の形成が全体的に不自然である 。例えば、栄養分体が葉の先端部分のみで形成されたり、異常な形で形成されたり、まったく形成されなかったりする(Garcês et al., 2014)。

ウニコナゾール(アブシジン酸生合成阻害剤)処理をした K. daigremontiana では、栄養分体の自発的な形成が起こらなくなり;逆に、アブシジン酸処理をした K. daigremontiana では、植物体も栄養分体分体も大きく伸長成長したことが確認されている。LEC 遺伝子群がアブシジン酸の作用を抑制することが知られている (Braybrook et al., 2008)。したがって、正常な LEC1 を持つ種では、LEC1 がアブシジン酸の作用を阻害し、栄養分体の形成に至らなかったと考えられる。

References

  • Garcês HM, Champagne CE, Townsley BT, Park S, Malhó R, Pedroso MC, Harada JJ, Sinha NR. Evolution of asexual reproduction in leaves of the genus Kalanchoë. Proc Natl Acad Sci U S A. 2007, 104(39):15578-83. DOI: 10.1073/pnas.0704105104 PMID: 17893341
  • Chuck G, Lincoln C, Hake S. KNAT1 induces lobed leaves with ectopic meristems when overexpressed in Arabidopsis. Plant Cell. 1996, 8(8):1277-89. DOI: 10.1105/tpc.8.8.1277 PMID: 8776897
  • Sinha NR, Williams RE, Hake S. Overexpression of the maize homeo box gene, KNOTTED-1, causes a switch from determinate to indeterminate cell fates. Genes Dev. 1996, 7(5):787-95. DOI: 10.1101/gad.7.5.787 PMID: 7684007
  • Braybrook SA, Harada JJ. LECs go crazy in embryo development. Trends Plant Sci. 2008, 13(21):624-30. DOI: 10.1016/j.tplants.2008.09.008 PMID: 19010711
  • Garcês HM, Koenig D, Townsley BT, Kim M, Sinha NR. Truncation of LEAFY COTYLEDON1 protein is required for asexual reproduction in Kalanchoë daigremontiana. Plant Physiol. 2014, 165(1):196-206. DOI: 10.1104/pp.114.237222 PMID: 24664206